政治家スキャンダルの顛末

3月上旬現在、ドイツの報道を賑わせているのは“マスク・スキャンダル”だ。よくもまあこれだけあるなと思うぐらい次々不祥事が発覚しては、すぐ前の不祥事は色褪せて忘れられていくような日本と比べると、ドイツの政治家や官僚の不祥事が表に出て騒がれるというケースはあまり多くない。(あくまで日本と比べての話であるし、表に出て来ないから「ない」と言えないことはもちろんであるが。)従って今回のスキャンダルは久しぶりといった印象があるのだが、今年が総選挙の年であること、おまけに今週末314日には、9月総選挙の行方を見定める前哨戦とも考えられているドイツ西部の二つの州(バーデン・ヴュルテンベルク州とラインラント・プファルツ州)の州議会選挙が行われることもあり、選挙に影響を及ぼす大事件という意味で報道も派手になっているのである。何が起こったのかというと、メルケル首相のもとで政権を担っている与党CDU/CSU(キリスト教民主同盟・社会同盟)の連邦議会議員二人(律儀にもCDUから一名、CSUから一名)がそれぞれ、コロナ対策用マスクを製造・販売している特定一企業に便宜を図り、議員としての自分のコネを利用して販売先を斡旋し多額の仲介料を取っていたことが発覚したのである。CSU議員に至っては、医療関係者用マスクの製造企業に、販売先として連邦保健省と自分の地元であるバイエルン州保健省を仲介して、この販売元企業から数十万ユーロの仲介料を得ていた。先月連邦政府が国民全員に医療関係者用マスク着用を義務づけると同時に、一定年齢以上の国民に一部無料配布を始めたために、保健省が配布用マスクを大量に購入することになったのである。もう一人のCDU議員の方も同じく、コロナ対策用マスク販売企業に買い手企業(おそらく介護ホームや医療機関であると思われる)二社を仲介し、こちらも数十万ユーロの仲介料を稼いでいた。これが事実であることは、すでにこの議員二人とも認めている。ただし両ケースとも、各議員個人が仲介料を懐に入れたわけではなく、どちらも自分が持っている会社の業務として行っていたため、もし帳簿の記載や税申告がきちんとなされていたのであれば「民間会社が正当な仲介業務で上げた利益」とみなされる可能性もあり、従ってこの行為が則「違法行為」とみなされるのかどうかは今後の検察捜査を待たねば分からない状況にある。つまり刑事罰に問われるかどうかは現時点でまだ確定していないのであるが、それでもこの事件が発覚して一週間経つ間に、二人とも自分の政党を追放される形となった。CDU議員の方は、すでに任期途中で連邦議員職も辞め政界を引退。もう片方のCSU議員は、政党を抜けるとともにこれまで務めてきた連邦議会のCDU/CSU党派副議長職を辞任、だが連邦議員職だけは今年8月までの任期を全うしたいと頑張っているところだ。しかし党内外からの「辞めろ」圧力が強く、議員辞職も時間の問題であると見られている。こうして二人が目出度く議員を辞め完全に政界を去ったとしても、ドイツ国内では目下「辞めるまでに一週間もかかるなんて遅すぎる」という非難の声が渦巻いているのだ。この顛末をウォッチングしていて思うのは、政治家スキャンダルへの対応がどこぞの国とは大分違うな、ということである。

 

まず、スピードが速い。スキャンダル渦中の議員が、まだ検察が捜査中でその是非が法的には明確にされていないうちに政界から姿を消す、というところまで「一週間もかかるのは遅すぎる」というのである。一国の首相だった人間が議会で何回も虚偽答弁をしたことが明らかになっているにもかかわらず、平然と居座り続けられ、周囲もどうすることもできない国もあることを思うと、随分スピードが速いように思えるのだ。もっとも今回急ぐ裏には「選挙間近」という差し迫った事情があり、それぞれ自分のところの議員に泥を塗られたCDUCSUにしてみれば、慌てて火の粉をはらう必要があったわけで、早いところ「自分のところの党員ではない」ことを国民にアピールしたかったのであろう。選挙の足枷になる議員には一日も早く姿を消してもらわねばならない、ということだ。次に、この二人の議員を非難する声が野党を上回る大きさでCDUCSU自身から出てきたことである。もちろん野党はこの時とばかり批判の矛先を両政党に向けたが、そのような外からの批判を待つまでもなく、CDUCSU内部から上がったこの二人に対する非難は激しいものであった。もちろんこの裏にあるのも上述の「選挙前」という事情であり、とにかくCDUCSUも一丸となって二人を辞めさせて関係を絶つことに必死、という感じであった。特記すべきは、両政党ともがすぐに自浄プロセスを作動させたことである。まだほかにもこの種のビジネスに手を出している議員がいるのではないか、自分のコネクションを利用してコロナを商売にし、利益を上げている者がいるのではないかという疑いを公にして、CDUCSUもただちに自党議員たちに、コロナ関連ビジネスに関わっている者はすぐに申告するよう呼びかけを始めると同時に、党内調査に乗り出した。因みにドイツでは、連邦議会議員であっても議員職以外に民間経済で収入を得ることは許されているが、その内容を議会に申告する必要がある。本来ならその段階で企業との癒着や贈収賄が疑われる商業活動は禁止されるはずなのだが、その網の目をくぐって行われていた商業活動が今回の二人の議員の一件なのである。こうなったら出すべき膿はさっさと出して選挙に臨みたいというのがこの二政党の意図であるが、さてこれから何が出てくるのか見ものである。だがこれらの点にも増して、今回のスキャンダル発覚後の政党の動きで私の関心を引いたのは、この行為が違法かどうかは関係ない、という政治家たちの一致したスタンスである。この二人による行為は、コロナという目下国全体が苦しんでいる災厄を、国民の利益を代表する立場である連邦議会議員が自分の利益のために利用した「倫理的、道徳的に許せない行為」であり、その前では法的にどうなのかという結論を待つ必要などない、という点で、当該のCDU/CSUも野党も意見が一致しているのである。「コロナ危機を利用して金を稼いだ議員は誰であれ、民主主義の最も尊い財産を損なった。それは信頼だ。」(CDU党首アルミン・ラシェット氏)「(当該議員は党を去り、議員職を辞めるばかりではなく)道徳的に償う意味で、コロナ・マスクで稼いだ金はすべて寄付すべきである。たとえまだこの行為が法的観点からは曖昧で疑惑の段階にあるに過ぎないにしても、社会的に決して受け入れられない悪印象を与えたことは確かなのだから。」(CSU党首マルクス・ゼーダー氏)国民の信頼を損ない悪印象を与えた― 事実このスキャンダル発覚直後、国民アンケート調査でCDU/CSUは数ポイント支持率を減らした。政府のコロナ対策で人気を回復ししばらくの間最高37%までの支持率を保っていたCDU/CSUが、発覚後最初のアンケート調査では32%以下に支持率を落としたという。もしこの数字がそのまま今年9月の総選挙結果になったなら、同党にとって史上最低の得票率となる。国民の反応も迅速だったわけで、私にはまるで、こういう不祥事が発覚した際に民主主義国家が辿るべき見事な展開を見せられたような気がした。

 

それでも、今回のスキャンダルが氷山の一角である可能性は大きい。政治家と特定業界、特定企業との癒着は、ドイツでも長年問題視されてきている。その防止策としてここ数年議論されてきたのが、“ロビイスト登録簿(Lobbyregister)”を作りロビイストに登録を義務付けることである。ロビイストとは、特定団体の利益を代表し、その利益のために政党、議員、大臣らに働きかけ、政策や法に影響を及ぼすことを目的として活動している個人や団体を指すが、特定業界の経済団体や組合、教会やNGOに至るまでその姿は多岐にわたる。彼らは潤沢な資金とネットワークを利用して公の政治舞台の裏で私的な政治活動を展開しており、政治や立法プロセス、あるいは世論の形成に影響力を持っている人々だ。このロビイストも民主主義システムの一部分であることは否定できない。政治家が政策を立てたり法律を作るためには様々な立場の人間から多様な意見を聞き、現状を把握する必要があるが、その際関連業界や関連団体は自分たちの利益を守るために代表者を政界に送り込み、彼らに自分たちの関心を代弁させ政治家に理解してもらおうと苦心する。この代弁者がロビイストであるわけだが、一方で彼らの役割が、特定団体の利益のために特定の目的で政治家に接近することにある以上、透明性が失われた途端そこに怪しげな動きが起こることは必至である。そこで米国やカナダなどではとっくに導入されている“ロビイスト登録簿”をドイツにも導入すべきであるとの要求はもう何年も前から出ていたのだが、現政権下でもその詳細についてはなかなか合意できないでいた。それが今回のスキャンダルで一歩前進し、先日政権内の合意がようやく成立、今後速やかに法案作成に移ることが伝えられている。“ロビイスト登録簿”とは、連邦議会が管理するデータバンクのことであり、外から誰でもアクセスできるものだ。仕事としてロビー活動を行うロビイストは全員が、実際に政治家とコンタクトを取る前にここに登録することを義務付けられる。その際あらかじめ申告しなければならないのは、誰、もしくはどの団体の委託で、何を目的に活動するのか、またその人数と予算の見積もりであるという。これは義務なので、申告を怠ったり虚偽の申告をすれば罰せられる。こうして国民の目に彼らの活動が見えるようにし、公の議論に晒すことがこの“ロビイスト登録簿”の目的だ。だが一方では、今回合意された内容だけではまだ生ぬるく、米国やカナダのように、ロビイストがどう行動し、具体的に誰に何を働きかけるかまでを詳細に申告させるべきではないかとの批判もあり、実際にこの法案がどういう内容でできてくるのかはまだ不明である。このような対策で政治家の不祥事が皆無になるとは誰も期待してはいないであろうが、今ドイツが目指しているのは、政治の世界にジャーナリズムや国民に対する透明性をなるべく多く実現し、民主主義的コントロールをあらゆる場面で可能にすることなのである。 

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