ドイツが見る「フクシマ」の10年間

間もなく10周年を迎える東日本大震災であるが、これを機に2月末からドイツのテレビでも、特に福島第一原子力発電所のその後に注目する特集が複数組まれ、放映されている。ドイツの関心はもちろん原発事故の後処理がどこまで進んでいるかにあり、公共テレビ局はこれまでもほぼ毎年定期的に福島第一とその周辺に調査チームを送り込んでは、ドイツ国民に報告する番組を作ってきた。今回10周年を前にまず228日、ZDF局が環境テーマのルポ番組planet.e の枠で、「輝ける未来? 10年後の福島」(注:この「輝ける(strahlend)」というドイツ語は同時に「放射能を発する」という意味も持ち、ここではもちろん皮肉な言葉遊びになっている)を放映した。福島第一の放射性物質除去作業の進捗具合をドイツの報道チームが現場からレポートする30分番組であったが、東京電力がこの10年で達成した事柄を事実に基づいて報告しながらも、この番組のメッセージは明らかなものであった。それは番組の中でも言われた通り、「『すべて順調』と日本政府は思わせたいようだが、事実は全く異なる。メルトダウン後に格納容器の底に堆積し発熱を続けている核燃料の溶岩塊をどう除去するか、その戦略はいまだ見つかっていない。また溶け落ちた燃料と冷却水が混ざった汚染水を一時保管している巨大タンクは1000を超え、もはや置き場所がなくなってきているが、この水の行先もまだ決まっていない。原発事故はまだ終わっていないのである」という点に尽きる。今回は、「フクシマ」後の10年間の日本の動きをドイツはどう見ているかについて報告するが、最初に断っておかねばならないのは、ドイツでは、今や政府も国民の大多数も「反原発」という点で意見が一致している点だ。来年中には国内最後の原子炉三基が稼働を停止する。従ってドイツの報道チームも反原発の立場から、日本政府や東京電力が発表する「事実を無害化する」ようなコメントに対しては、原則的にすべて疑ってかかっている。結果的にドイツで作られる「フクシマ」についてのルポルタージュはどれも、日本政府が隠したがっている事実、あるいは見ようとしない事実を明るみに出すことに努めており、その意味でドイツの視点は最初から中立ではない。

 

228日、国際的なNGO “核戦争防止のための国際医師会(IPPNWInternational Physicians for the Prevention of Nuclear War)”のドイツ支部の主催で、10時間にも及ぶ“10 years living with Fukushima”という国際会議がZoomで開催された。医学や精神医学以外にも、生物学、環境学、海洋科学、日本学など様々な分野から十数人の世界の専門家たちが、事故後の被害地の現状について、主に当地の人々の健康と環境被害をテーマにそれぞれ学術的見地からプレゼンテーションを行う、という形式であった。今回はドイツ支部が主催したことで講演者もドイツ人科学者が多数を占め、日本からは唯一、岡山大学大学院環境学研究科所属の環境医学専門家津田俊秀教授が講演を行った。私は後になって知ったのだが、この津田教授は、福島の被災地域住民の甲状腺癌罹患率をめぐり日本国内で激しい論争の中心になった人物である。教授が発表した原発事故後の被災地域未成年者の癌発症率を表す高い数字が学術的に根拠のある数字か、原発事故との因果関係が断定できるのかという点で日本では随分反論がぶつけられたようであるが、この津田教授を講演者に招いていることでもわかるようにこの国際会議の意図は明確で、原発事故の甚大なる悪影響を様々な分野の学術研究結果を基盤にして広く知らしめることにあった。ここでも日本政府を直接批判する発言は極力避けられていたが、それでも日本で公になされている個々の言説の誤りやごまかしが次々指摘された。避難した住民が居住地に戻るための基準とされている放射線量測定法の誤り、「汚染水」を「処理水」と言い換えるごまかし(「処理水」もいまだ汚染されていること)、健康調査対象となる被災者の人数が年々減らされていることや一部の有症状者を例外とみなして統計数字から外していること、原子炉の内外で作業に当たっている労働者の安全対策の不備や労働者が署名を強いられている緘口令(注:ドイツから見ると違法)などである。東電以外で多くの学者たちに名指しされ批判の的になっていたのは、まず福島県立医大、それから被爆医療専門の医学者で福島原発事故以後は福島県放射線健康リスク管理アドバイザーとなった山下俊一氏である。前者はほとんど日本政府の御用学術機関となっていることが指摘され、後者の山下氏に至っては、政府の意に適うことだけが目的の発言の出鱈目さが大いに非難されていた。この山下氏は、事故直後に「ニコニコ笑っている人に放射能は来ません」という発言で日本でも相当に物議を醸した人物であるようだが、この発言は同年中にドイツ公共テレビのルポルタージュ番組でも大きく取り上げられ、その意味で氏はドイツでもある程度名前が知られている。もっとも山下氏の発言の中でドイツの科学者が最も批判しているのは、氏が「安全だ」と主張した被爆線量毎時100マイクロシーベルトの値の方であり(いわく「100マイクロシーベルト/h を越さなければ全く健康に悪影響を及ぼしません」)、この値は年に換算すると876ミリシーベルトとなるが、ドイツの基準では、安全圏は一人の人間につき生涯(!)に400ミリシーベルト以下とされている。今回のIPPNW会議全体から浮かび上がってくる日本政府の原発事故処理姿勢は、一言で言えば、最初に「原発推進ありき」、あとはその目的に沿って事実を「無害化」する情報だけを流すという、世界の学者たちの目には学問軽視、事実軽視に映るものであった。これはちょうど今日本政府が、最初に「東京オリンピックありき」で、その目的に都合のいいデータを作るためのコロナ対策を講じているのと全く同じであろう。(因みにIPPNWは、「復興五輪」という名のもとで東京が2020年オリンピック誘致に成功した直後から、日本での五輪開催に反対する署名運動を展開している。IPPNWによれば「復興」と呼べるまでには、あと最低でも数十年はかかるということである。)

 

もう一つ別のテレビ番組、34日に放映されたドキュメンタリー“フクシマ・ドラマ(ZDFInfo:  Das Fukushima-Drama – Tsunami, Störfall, Langzeitfolgen)”では、日本に在住している米国人レポーターが、危険を解除された被災地域に戻り新たに生活を立て直そうとしている住民たちの努力や将来への不安を中心に報告していた。番組の最後に、福島が原発事故を乗り越えて今再生可能エネルギーに切り替えるプロジェクトを進めていること(“福島新エネ社会構想”)、放射能汚染で空いた広大な土地が太陽光パネル設置に向いていることが紹介されたが、これに米国人レポーターの次のようなつぶやきが続いた―「日本全体がこの“福島モデル”に倣うなら、日本は持てる知識や技術を結集して世界の模範国、どこよりもサステイナブル(sustainable 「持続可能な」)な国、新しい生活スタイルを発信できる国として、世界中から人々が参考にしようと訪れる理想的な国にもなれるであろうに。今日本は、この方向に転換できる可能性を目の前にしているのに。それなのになぜ日本が今尚頑迷に過去にしがみつこうとしているのか、理解できない。」日本の内政に干渉することを注意深く避けつつも、ドイツをはじめ他国のジャーナリストたちの頭の中に「なぜ日本はそれでも原発を続けるのか」という大きい疑問があることは、どの番組を見ても明らかだ。ヒロシマ、ナガサキ、フクシマと原子力による大惨事を三回も被った世界唯一の被害国であるのに、脱原発どころか、日本政府は原発推進を決めその政府を過半数の国民が支持しているのであるから、これはもうドイツから見れば謎でしかないのである。今回福島に飛んだドイツ報道チームのジャーナリストにインタビュアーが、「日本はこの原発事故から一体何を学んだのでしょうか」と聞いていた。聞かれた側は次のように答えていた―「日本が学んだことは次の二つです。まず、今回地震と津波により非常用電源が失われその結果としてメルトダウンが起こったので、どんなことがあっても電力供給が途絶えぬよう安全基準を含めて改善していくこと。そしてもう一つは、この経験から日本が多く学ばざるを得なかった原発事故処理のあれこれです。将来世界のどこかでまた事故が起こった場合、日本は他のどの国よりもどうすべきかが分かっているということになります。」後者の点は、ジャーナリスト自身やけくそに答えたようで、ドイツ視聴者の耳にはさぞ「悪い冗談」に聞こえたであろう。もっとも、日本とは正反対の方向に進んで脱原発を決めたドイツが、原子力に対する姿勢で必ずしも「いい子」というわけではないことも、ドイツ国民には分かっている。再生可能エネルギーはどうしても天候の影響を受ける。従って積極的に再生可能エネルギー利用を進めることでエネルギー転換を図っているドイツでも、完全にこのエネルギーだけで安定して電力を供給できるようになるまでには時間がかかり、電力供給が不安定な間はまだ輸入電力にも頼らねばならないのだ。現時点でもドイツは一定量を近隣国から輸入しているが、その輸入元は主にフランス、そしてフランスの電力はいまだ70%以上が原子力発電である。自国で原発を止めても隣国の原発に頼る状態が続くのであれば、原発にまつわる危険にドイツも引き続き責任があることになる。今回多くの福島特集の番組の中でジャーナリストたちは、ドイツの視聴者に対しこの点を指摘することも忘れていなかった。 

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