「戻ってきた」米国と、中国、EUという三角形

 219日、米バイデン大統領は国際舞台でのデビューを果たした。この日、臨時G7ビデオ会議が開かれたのである。今年のホスト国は英国だが、実際に英国に集まることが叶わぬ中で、先進7か国の元首たちが互いの顔をビデオ画面上で見つめ合う形での会議となった。主要テーマはコロナの克服だが、特に、世界の貧困国にも公平にワクチンを行き渡らせるという課題における先進国の協力体制について話し合われた。国連支援のもと、WHO(世界保健機関)が進めるイニシアティブCOVAXCovid-19 Vaccines Global Access)は文字通りグローバル予防注射キャンペーンのことであるが、この活動には今年だけでもまだ54億ユーロが不足すると見積もられている。この日ドイツのメルケル首相はCOVAXの要請に応えて、これまで支出した6億ユーロに加え支援金をあと15億ユーロ出すことを約束し、「一国の負担額としては最高額である」ことを強調した。経済大国の面目を保ったというところか。続いてこの会議の場では、EUも当初の予定の倍となる10億ユーロを負担することを発表。一方でフランスのマクロン大統領からは、すでに各国が購入したワクチンの何%かを貧困国に回すことが提案されたが、これに対しては英国ジョンソン首相や米国バイデン大統領は、「まず自国民が先」という原則を曲げるつもりはないことを明らかにした。それでもバイデン大統領は、最初は20億ドルとしたCOVAXへの支援金を長期的に倍増させるつもりであることを宣言。因みにトランプ前大統領はCOVAXへの参加すら拒んでいたので、これはバイデン大統領による米国の180度の方向転換ということになる。またBrexit後の初の大舞台で“グローバル英国”をアピールしたいジョンソン首相も、今後のコロナ対策として、ウィルス研究機関やワクチン製造拠点の増設、ワクチン開発にかかる日数の短縮、世界各国の健康システムの改善、医薬品貿易の妨げになる要素の排除などを目標に掲げたプランへの先進7か国の協力を声高に要請した。こうしてこの日のG7は、国際的な協力の舞台に「戻ってきた」米国を中心に、トランプ政権の4年間という空白期間を経て、再び世界がマルチラテラリズム(multilateralism:多国間主義)に転換する出発点となった、とドイツでは報道されたのである。

 

だが、この日ドイツのメディアが注目したのはこのG7ビデオ会議よりもむしろ、同日、すぐ後に、今度は中継地をミュンヘンに切り替えて行われた安全保障会議の方であった。世界の方向を決めるリーダーたちが集まる毎年二月恒例のミュンヘン安全保障会議(MSCMunich Security Conference)は、コロナのせいで今年後半に延期されることになり、この日開催されたのはその序章とも言えるオンライン特別バージョンであった。従って参加者は絞られたものの、米大統領と英仏独各首脳にEU委員長、EU理事会議長(EU大統領)、国連事務総長、NATO事務総長らが加わって、一堂には会さないバーチャルでの演説や質疑応答が行われたのである。テーマは“Beyond Westlessness: Renewing Transatlantic Cooperation, Meeting Global Challenges ”とされ、中心に据えられたのは、大西洋を挟んだ欧米同盟を再びどう強化できるか、大西洋を挟んだ国際協力が最も緊急に必要とされるのはどの領域か、という問いであった。テーマに掲げられた“Beyond Westlessness ”というのは、冷戦終結後に西側諸国自身が結束を弱めてしまい、かつての“西の陣営”が意味を失った過程を経て、今新たに民主主義陣営がどのように再び結束を強化できるかという意味であることが、会議の冒頭でMSC議長により説明されている。“Global Challenges”にあたるコロナや気候変動対策という具体的な問題も会議では取り上げられたが、最も注目が集まったのは、米バイデン大統領、独メルケル首相、仏マクロン大統領三人の意見交換となったセクション“欧米間の新たな議題”であり、とりわけこの冒頭で行われたバイデン大統領の基調演説であった。「米国は戻ってきました、大西洋を挟んだ同盟は戻ってきました。もう後ろを振り返るのではなく、共に未来を見据えましょう」とのセンテンスを冒頭に置いて、トランプ政権による不在を克服し米国が世界という共同体にまた加わったことを告げたバイデン大統領の演説は20分近い長さであったが、そのメッセージは明らかであった。ロシアや中国といった独裁体制を敷く国家に対して欧米は、民主主義という共通の基本価値の正しさを証明していかねばならない、大西洋を挟むパートナーシップは独裁国家に打ち勝たねばならない、という確固たるメッセージである。民主主義という欧米の共通価値を強調したバイデン氏の言葉は、その後に続いたメルケル氏、マクロン氏の演説の中でも取り上げられ、米国が再び同じ理想を掲げる仲間として戻ってきたことへの喜びとして表現された。

 

ドイツのメディアも、バイデン大統領の演説を好意的に報じた。前トランプ政権が取った方針をはっきり否定するバイデン氏の演説内容を指して「歴史的演説」と呼ぶ新聞もあり、特にドイツの政治家たちは大変に満足したことが伝えられた。少なくともこの日のバイデン氏の言葉や姿勢から、欧州を非難するような素振りは全く窺われなかったからである。四年間、時に耳を疑うようなトランプ氏の発言に振り回され、神経を逆撫でされ続けてきたドイツの政治家たちの耳に、この日バイデン氏の口から出てきた言葉の数々は、トランプ時代に開いた傷口につける軟膏のように響いたと思われる。だがその一方で、この新大統領に対して楽観的になり過ぎることを警告する内容の記事も多い。米国の政権交代で欧州に数々の希望が戻ってきたことは事実であるが、だからと言ってこれまでの米国・EU間の問題が自動的に解決するわけではない、という内容である。今回のバイデン氏の演説がEUを安心させるものであったとするなら、それはバイデン氏が意図的に、目下米国とEUが衝突しているテーマには言及せず、せいぜいほのめかす程度に留めたからに過ぎない、ということだ。両者が衝突しているテーマとは、①NATO軍事費支出(欧州が払う額が少な過ぎる、という米国からの非難)、②対ロシア(ロシアからの天然ガスパイプラインNordstream 2建設事業に対する米国からの強い反対と干渉)、③対中国(関税戦争を繰り広げている米中を横目に、中国との経済協力関係を保とうとする欧州への非難)などである。事実バイデン氏はその演説の中で、具体的な問題には言及しないまでも、ロシアと中国、特に国際ルールを守らない中国への批判は繰り返し口にした。そしてドイツの政治家たちはそのたびに、バイデン氏が具体的な批判を欧州・ドイツに向けてくるのではないかとナーバスになっていたらしい。目下のドイツの問題は、中国の通信技術巨大企業Huaweiとの提携である。Huaweiが最先端の携帯通信システム5G対応技術で他国市場にも乗り出してくれば、同社の背後にいる中国政府にデータを盗まれることを確信した米国は、とっくにHuaweiを米国から締め出し、英国もそれに倣っているのだが、EUは決断を各国に任せている。そしてフランスはすでにHuaweiとの提携を決め、ドイツも現時点では、自国のデジタル化に中国の技術を役立てるべくHuaweiは閉め出さないことに決めている。それでもドイツ政府は中国を信頼しているわけではなく、データ保護の点での大きな不安を抱えたまま揺れている状態なのだ。バイデン氏が演説の中で、民主主義の価値を掲げる欧米が一致団結して独裁体制の国に勝たねばならぬと繰り返したその裏には、中国への経済制裁で欧州も協力せよと求める意図があるのである。

 

このような米国の思惑を知れば、今回のバイデン大統領の「欧米パートナーシップ」を強調する演説にも、今後次々と表に出てくるであろう米国とEUの対立点がプログラムされていることが分かる。特に中国に関して言えば、正直なところEUには何の戦略もないのだ。米国はEUを完全に自分の側につけて中国に対抗する図を描いているのだが、EUもドイツも片方に米国を、片方に中国を置き、三角形を作って両方を窺っているのである。バイデン氏のこの演説を分析したワシントン特派員記者のファビアン・ラインボルト氏は、次のように書いている―「米大統領演説の調子がこれまでと一新したからといって、過去何年もの間エスカレートしてきた争いがすぐに解決するわけではない。民主党であれ共和党であれ米国は中国とのつながりを絶とうとしており、ドイツにもそうせよと迫っているのだ。だがドイツには、最重要同盟国と最大の貿易相手国のどちらか片方を選ぶつもりなど全くない。」(2021219日付t-online 掲載コラム「ジョー・バイデン氏はドイツをどうするつもりか」より)そしてこの記事の最後でラインボルト氏は、大変興味深い指摘をしている―「バイデン氏の大統領任期期間は、ドイツにとって米国と協働できる大きなチャンスとなる。だが私は遠方から思うのだが、果たしてベルリン政府はそれを望んでいるのだろうか。これまではドイツはトランプ氏を口実に、これを自問する必要がなかった。うまく行かないすべてを、トランプ氏のせいにすることができたのだ。だが今バイデン大統領のもとでは、ドイツにとってもその意味で楽な時代は過ぎたと言える。」まさにその通り、中国に対してであれロシアに対してであれ、ドイツもEUもいい加減に明確な立場を取る必要に迫られている、ということであろう。

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