本当に仲良し? ドイツとフランス

 独仏の若者チームがそれぞれ自国で町行く市民にインタビューをし、その様子を録画してYoutubeで流している番組がある。市民に尋ねるのは、「朝食には何を食べますか」、「アフターファイブはどう過ごしますか」、「夏のバカンスは何日取りますか」といった他愛ない質問で、互いの国の市民の習慣や生活スタイル、価値観を比較し合うことを意図しているようだ。ある時各チームが、いつものように通りを行く市民たちにそれぞれ相手国の魅力を問うたことがあった。いわく、「フランス(ドイツ)でいいなと羨ましく思う点は何ですか」というのである。これに対してドイツでは、マイクを向けられたドイツ人たちが一様にうっとりとした表情になり、「フランス、素敵な国ですね、パリの建築物なんて憧れです」だの、「フランス語は世界で最も美しい言葉の一つだと思います」だの、「暮らし方がいかにも大人の国、という感じで羨ましいです」だの、「食べ物もファッションも生活スタイルもおしゃれですよね」といった感想を次々口にしていた。一方でフランスの通りでマイクを向けられたフランス市民たちは、この質問をされた途端全員が真剣に悩み始めるのである。うーん、うーんと考えた末に、「すみません、ドイツのことはよく知らないんです」とか「ちょっと思いつきません」といった苦しい答えが続いた後で、一人の若い男性がやはりかなり悩んだ末にパッと顔を輝かせて、思いついたことを自慢するかのように「GDP!」と叫んだ時は、見ていたこちらは思わず声を立てて笑ってしまった。これでは全くドイツの片思いではないか! なんて可哀そうなドイツ!というわけだが、さてドイツとフランス、国同士の関係はどうかというと、これはもちろん「片思い」「両想い」といった言葉で片づけられるほど簡単なものではない。24日、フランクフルトにある欧州研究のシンクタンク、欧州応用研究センター(CAESCenter for Applied European Studies)が主催している Think Europe – Europe thinks”という定期的なオンライン議論に、“独仏間の関係が欧州に果たしている役割:成功ストーリーか袋小路か?”というテーマが取り上げられた。議論に招かれたのは、フランス政府欧州担当国務次官クレマン・ボーヌ氏と、ドイツからもこれに相当する地位の欧州担当国務長官ミヒャエル・ロート氏であった。このオンライン・ディスカッションはYoutubeで配信され一般市民もライブ参加できたので、私も聞いてみることにした。

 

この当日、残念ながらフランス側の意見を開陳する予定だったボーヌ氏が急な用事で冒頭の演説だけで引っ込んでしまい、期待していた独仏議論は行われなかったのだが、代わりにCAES所長がドイツ連邦政府の欧州担当官である政治家ロート氏に様々な側面から議論を吹っ掛ける、という形が取られた。議論はEUのコロナ対応から始まった。世界の複数の製薬会社が取り組んできた対コロナワクチン開発については、EU諸国は最初からEU政府に委ねる形で連帯し、各社に開発のための財政支援をしてきた。またEU政府が全EU市民分のワクチン確保を引き受けて各製薬会社との契約を結び発注。完成したワクチンのEU内使用も、EUの医薬品局EMAEuropean Medicines Agency)のゴーサインを待った上で始まったのである。あくまでEUの連帯を全面に押し出したやり方であったわけだが、結果的にEUは予防接種普及のスピードで中国、ロシア、イスラエル、英国といった自国だけで身軽に動ける国に大きく後れを取ることとなった。EU政府による各社との契約発注時期が遅かったらしく、また認可が下りるにも時間がかかり、現在EU各国は、予防注射のスタート準備はできているものの肝心のワクチンが不足して予防注射を迅速に進められずにいるのである。最初にこの例を取り上げたことで今回の議論は冒頭ですでに、核心となるテーマを浮上させることとなった。すなわち、EUという多国連帯モデルは自国優先のナショナリズムの国々を凌駕できるのであろうか、というテーマである。事実、EU内でもコロナ対応では連帯を無視し、独断で勝手な動きをする国が出てきている。ハンガリーはすでにロシアからのワクチンを自国で認可して使用を開始しており、今中国製ワクチンの購入を進めようとしている。コロナ対応はEUの連帯の証として世界にアピールされるはずであったのが、今や逆にEU連帯はうまく機能していない例のようになってしまった。だがその中にあってもつい先日、コロナ対策に関してはフランスのマクロン大統領とドイツのメルケル首相の認識が完全に合致していることが伝えられた。「欧州が取った連帯の道は正しく、われわれはこれを貫く」という点を、両者はビデオ会議で確認し合ったのである。

 

両大戦で敵対した独仏の友好関係は、1963年に仏ドゴール大統領と独アデナウアー首相が結んだエリゼ条約に始まる。歴史的に長く続いた敵対関係を解消し、隣国として歩み寄ろうという意図で結ばれたこの条約では、あらゆる政治の局面で両国が定期的に会合を持つことと並んで、歴史理解を共有し、両国青少年の交流や、文化・メディア交流を促進するなど有意義なプログラムが決定された。一般にはこの条約は、欧州統一への「友情の一歩」とみなされている。だがその裏では、両国がこの条約を結んだ思惑の食い違いについても報告された。ドイツは当時EUの前身としての形を取りつつあった欧州経済共同体に属しながら、米国を含む西側陣営に完全に迎え入れられることを望みフランスに歩み寄った。一方フランスはその逆であり、ドイツと接近することで米国の影響下から逃れようとしていた、と言われている。それでもこのエリゼ条約に始まった両国の友好関係は、フランス国内で“フランスを理解する良きドイツ人”とも呼ばれたヘルムート・コール首相の政権(1982年~1998年)を経て、現在のメルケル政権においても継続している。メルケル政権下でフランスの大統領は3回変わった。政権を担う政党もこの間共和党(2007年~2012年のサルコジ大統領)から社会党(2012年~2017年のオランド大統領)に変わり、そして現在のマクロン大統領は社会党を離れ中道の新党En Marche!(前進!)を結成して選挙に勝った人物だ。この左右に揺れるフランスと、メルケル首相はいつの政権にあっても大変親しい関係を作ることに成功したと言える。少なくともメルケル氏は、現在のマクロン大統領に至るまでどの大統領とも「とても親しい間柄」であることを周囲にアピールすることに成功してきた。だがその一方で、特に39歳という史上最年少で仏大統領に就任したマクロン氏の、時に過激とも言える発言にドイツがついていけないことも多い。実にドイツとフランスの間には、利害関係のみならず根本的な考え方の点で多くの相違が存在するのである。

 

現在問題となっている対ロシア戦略では、丁度独仏両国間の亀裂が大きくなりつつあるところだ。(これについての詳細は、202128日付記事「民主主義の鼓動」参照)表向きは、ロシア市民の民主化運動を弾圧しているロシアへの制裁を、EUとロシアの共同建設プロジェクト、完成間近の天然ガスパイプラインNordstream 2の中止にまで拡大することに賛成のフランスと反対のドイツ、という構図を取っているが、その裏には、ロシアに背を向け、Nordstream 2プロジェクトに反対している米国に接近しようというフランスの思惑がある、と囁かれている。フランスは米巨大IT企業を念頭においたデジタル税導入をめぐりこれまでトランプ政権下の米国と対立してきたが、今トランプから解放された米国に接近してこの問題の解決の糸口を見つけようとしている、というのである。更にドイツと異なりフランスはいまだに原子力エネルギー利用に積極的で、ロシアからの天然ガスはそれほど重視していない。一方でドイツにとっては、原子力からも石炭からも降りることを決めた以上、電力源の100%再生可能エネルギー化が実現するまでは、最後の化石燃料としてまだしばらく天然ガスが必要なのだ。このように自国のエネルギー政策や経済政策と密接に絡む対外政策で、両者の意図がすれ違うことは致し方ない。だが今フランスのマクロン政権とドイツのメルケル政権の間で最もすれ違っているのは、欧州統合についての構想である。マクロン氏が大統領就任数か月後に行った“欧州演説”(2017926日ソルボンヌ大学にて)の中で披露した軍事、経済、税制、環境、技術、社会、文化とあらゆる面からの欧州統合構想は、グローバル化の中で欧州主権を確立するという目的に沿った非常に野心的で積極的なものであった。中でも欧州防衛の自立性を主張するマクロン氏は、その後も脆弱なNATOを批判し続け、NATOとは別の“欧州軍(European Army)”を結成することを主張してきた。だが、防衛において欧州はいい加減米国依存を止めるべきであるというマクロン氏の主張に対して、ドイツは終始消極的な態度を取ってきており、それがマクロン氏には「ぐずぐずと煮え切らない態度を取るドイツ」と映っている。最近も、あくまで「米国との連帯」を重視するドイツのクラムプ‐カレンバウアー連邦防衛相とマクロン大統領は、このテーマで正面衝突し話題になった。誰に対してであれ依存を嫌うフランスと敵を作りたくないドイツ。この違いは、野心家で血気はやるマクロン氏と常に冷静かつ慎重で断言を避けるメルケル氏、という親子ほどにも年齢の違うそれぞれのリーダーの性格に拠るところもあるかもしれない。あるいは、大統領を頂点にした中央集権制を取るフランスと一か所に権力を集めないようにしている連邦制のドイツ、という国家体制の違いとも関係するのかもしれない。

 

EUが世界に広めたい“EUモデル”とは、多数国家が連帯し、一方で「経済発展・技術発展・富と安寧」という繁栄を目指すこと、そして他方で「人権、民主主義、法治体制、自由・平等」というEUが掲げる基本的な価値を守り続けること、この二つを共存させようというモデルである。今は後者を無視してひたすら前者を追い求めて走る中国のような国が台頭している時代であり、EUの中でもナショナリズムやポピュリズムを声高に叫ぶ国や政党が増え、常にそれらの政党に対して身構えていなければならないという意味ではドイツもフランスも例外ではない。経済格差が大きく利害も一致しない27か国を“EUモデル”で連帯させるための大前提は、少なくとも中心となる独仏が同じ方向を向いていることである。過去16年間、対話と妥協を重ねてフランスとの信頼と友好関係を守ってきたメルケル政権が終わった後も、後継するドイツの政権に求められるのは、多くの相違にもかかわらずフランスと仲良くやること、そして両国で同じ方向を向いてEUを牽引していくことなのである。

 

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