エネルギー転換 vs 環境保護
再生可能エネルギーとは、化石燃料のような限りある地球資源を使い果たすのではなく、風や太陽光、空中や地中に自然に存在する熱、バイオマス(落ち葉や海藻、動物の糞や死骸など自然界に存在する有機物)などをエネルギー源にするもので、従ってそれは無理なく自然と融合したもの、地球にとって“健康”な資源というイメージがある。そして今は、温室効果ガスの排出源としてすでに目の敵にされている石炭・褐炭や、存在そのものが反自然である原子力から完全に降りて再生可能エネルギーに換えようというエネルギー転換が、今世紀前半における世界全体の課題とみなされる時代である。2015年末のパリ協定で合意された通り、地球の温暖化を「産業革命以前との比較で1.5度以下に抑える」ために、世界各国がエネルギー転換を推進することが期待されているわけだが、そんな中でドイツは、連邦政府の具体的な政策に沿って着々とこの歩みを進めてきた。交通セクターにおける電気自動車の普及はまだ思うように進まず、中国や米国の一部の州、ノルウェーをはじめとする北欧諸国の後塵を拝しているが、電力セクターでは、2020年の消費電力全体に占める再生可能エネルギー率が月平均で51%と、ついに過半数を超えたことが発表されている(2020年12月時点のStatista統計より)。この数字は数年前に置かれた目標「2020年までに35%前後」を大きく上回るもので、電力におけるドイツのエネルギー転換は大変順調に進んでいると言える。ところがこのところドイツでは、再生可能エネルギーを更に拡大しようという連邦政府のエネルギー転換政策に環境保護団体が反対するという奇妙な現象が起こっている。地球に優しい再生可能エネルギーを推進することが自然破壊につながるという一見矛盾するような側面を指摘して、数々の環境保護団体が抗議の声を上げているのだ。だが、再生可能エネルギーにも落とし穴があったのか、と思わせるこの状況について報告する前に、まずはドイツのエネルギー転換がどういう経過を辿り、現在どういう状況にあるのかを説明しよう。
化石燃料から再生可能エネルギーへのエネルギー転換がドイツで具体的に始まったのは、20年前の2000年である。この時はドイツ社会民主党(SPD)が緑の党と連立して政権を担っていたが、この年に連邦政府は“再生可能エネルギー法(EEG: Erneuebare-Energien-Gesetz)”を施行し、再生可能エネルギーの普及を推進するための大掛かりな助成策を開始した。中でも最も重要な柱となったのは、風力発電の電力生産者への金銭保証である。具体的には、風力発電設備から産出された電力は必ず電力供給ラインに乗ることを保証し(つまり、電力供給会社に再生エネルギーは必ず供給ラインに乗せることを義務づけた)、そしてその電力価格についてはその時々の市場価格変動を受けぬよう一定額を保証した。まだヨチヨチ歩きを始めたばかりの風力発電所の経営が順調に軌道に乗るよう国がお膳立てをし、再生可能エネルギーが国内で迅速に普及していくことを目指したのである。つまり風力発電で産出された電力には国が価格の上乗せを決めたということであるが、その上乗せ分を負担することになったのは電力消費者全員、つまり国民や企業であった。この上乗せ価格のために一般消費者が支払う電気料金は過去15年間で約50%も高くなったのだが、この助成策のおかげで特にオンショア風力発電設備は次々建設されることになる。2000年以来その数は3倍以上に増え(現在オンショアだけで全国に約3万基、日本の十倍以上)、電力資源の中で風力が占める率はこの20年間で1.6%から昨年2020年には23.5%にまで伸びている(上述と同じStatista 統計より)。化石燃料を含めたすべての電力の中で、風力発電が最も大きい割合を占めるまでに成長したのである。一方で2000年に施行された上記EEG、再生可能エネルギー法の内容は、ドイツとEUの地球温暖化対策やエネルギー転換目標が変化するに応じて改正されねばならない。現にこのEEGは過去に何回か改定されてきたのだが、昨年後半に連邦政府はまた、これまでの法内容を見直して今年からの改正版EEG 2021を決める必要に迫られた。
そもそも2000年のEEGで重視されたのは、地球温暖化を妨げるという環境保護の観点のみならず、そこに更に二つの経済的観点を加え、この“三角形”の目標をバランスよく保ちつつ再生可能エネルギーを推進することであった。加えられた二つの経済的観点とは、「再生可能エネルギー生産者のコストが低く抑えられ利益を上げられること」、そして「消費者が支払う電気料金が一定レベルに抑えられること」であった。再生可能エネルギー政策をドイツの経済発展に直結させるためには、この二つの視点は不可欠である。この“三角形”のバランスを視野に入れた上で昨年9月半ばに連邦政府が発表した改正版EEG
2021 の草案の中心に据えられたのは、次のような点であった:①EUとドイツが目標とする「2050年までにCO₂ニュートラル達成」のためには、電力の生産・供給・消費のすべての面において「CO₂ニュートラル」を実現しなければならない。②電力における再生可能エネルギー率の次の目標は「2030年までに65%」であり、この目標に沿って風力・太陽熱発電設備数を増加させねばならない。そのためには従来のように強い風力が観測される地域だけではなく、南ドイツを中心に風力がそれほど強くない地域にも数を増やし、その建設のための認可手続きのスピードも速めねばならない。すなわち今後は関係省庁間や、連邦、州、自治体間の協働がこれまで以上に求められる。③2000年以降上昇を続けてきた電気料金を抑えるために、今年から消費者負担となる再生可能エネルギー業者用の上乗せ価格には上限が設けられ、不足分は国が税金で補うようにする。(注:この目的のために、ドイツでは今年初頭から“CO₂税”という新たな税金が導入され、車のガソリンや暖房用灯油の価格がその分値上がりしている。)④ドイツ各地で新しい風力発電機建設の受け入れが進むように、風力発電企業は年間売却電力kWhにつき0.2セントを地元に支払うことで、地方自治体も風力発電業から直接利益を得られるようにする、などである。このEEG
2021草案は結局2020年12月半ばに連邦議会で可決され、今年1月1日からの施行となった。
一見順調に進んでいるように見えるドイツのエネルギー転換だが、実は今回の改正版EEG
2021にも不満や反対は多かったようだ。特に大きな不満は緑の党を中心に、地球温暖化目標を達成するためには国が取ろうとしている政策ではまだ不足だ、という点に集中した。本来方針自体をもっと大胆に変えねばならないところを些末な改正にこだわり過ぎている、というのである。まあこの種の批判、国が十分なエネルギー転換策を取ろうとしないという点は、Fridays
for Future運動もこれまでさんざんに批判してきた点であり目新しいことではない。だがこの種の批判より興味深かったのは、主に環境保護団体から出てきた反対である。今回の改正版EEG 2021に対しては、環境保護団体と野党の一部から、この箇所だけは決して受け入れられぬとの「待った」がかかり、最終的に連邦政府が当該条項を削除せざるを得なくなるという経緯があったのだ。当該条項は、EEG 2021 の第1条第5項に予定されていた次の文章であった:「再生可能エネルギー資源の発電設備建設は、公共の利益に即しており、また公共の安全のためでもある。」この条項の何が引っかかったのかというと、特に最後の「公共の安全のため」という箇所であった。「公共の安全」という表現が使われることで、今後再生可能エネルギーの発電設備建設計画に、あらゆる反対を押し切っても優先的に実現されてよいとする “お墨付き”が与えられることを危惧した環境・自然保護団体が、この条項を載せることに猛反対したのである。その数だけを見るとドイツ国内で順調に増えてきた風力発電機であるが、実はここ数年来建設認可が下りないケースが増えてきており、訴訟になることも珍しくない。原因はその立地をめぐるトラブルである。ドイツは日本に比べて平地が多く大都市以外の人口密度が低いので立地には余裕がありそうに思えるが、実は国内には自然・景観保護指定地域が多く、そのような場所に建設計画が浮上してくると必ずトラブルになるのである。過去の数々の訴訟を覗いてみると、最終的に「自然保護」と「公共の利益」が天秤にかけられて判決が下されている。今、法律の条文で更に「公共の安全」という表現が使われれば、風力発電業界に「(007ジェイムズ・ボンド並みの)殺しのライセンス」を与えるようなものだと猛反対したのは、野生動物保護団体であった。風力発電機の犠牲となっているのは特に鳥、蝙蝠、昆虫で、たとえばサギ類はドイツ国内で年間一万羽以上が発電機に巻き込まれて死亡しており、この数はドイツに生息する総数の8%。蝙蝠に至っては年間25万匹が犠牲になっていることが確認されている。地球を救うための再生可能エネルギー発電設備が地球の生態系を破壊する道具にもなっているというジレンマを深刻に受け止めるなら、風力発電機の建設地は慎重に選ぶ必要があり、建設計画が無条件で認められるよう後押しをするような条文を作ってはならない、というのが彼らの猛反対の理由であった。
この件に関しては、将来風力発電設備建設候補地が挙げられるたびに「公共の安全のため」だからということで議論の余地なく認可せざるを得なくなるという事態になってはならない、反対意見を唱え、少なくとも議論に持ち込める可能性は残されていなければならない、との観点から環境保護団体の反対に同意する野党政治家の声も高かった。そのため最終的に、この条項はそっくりEEG 2021 草案から削除されることになったのである。このような出来事の前では人間は謙虚にならざるを得ない。地球に良かれと推進しているエネルギー転換がその方法によっては逆に環境破壊を起こしているという事実があるなら、人間は何をやっても自然を壊してしまう存在なのだろうかと問わざるを得なくなるからである。
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