法か正義か:法治国家の真実
裕福な一家の12歳になる娘が、金銭目当てで誘拐される。すでに同日のうちに、犯行時刻のアリバイのない一人の若い男が有力容疑者として連行されるが、その男と犯行を結び付ける証拠は何一つない。だが捜査を担当したベテラン刑事は直感でその男を犯人だと確信し、拘留して取り調べを始める。男は犯行を否認し続け、その間にも、真冬の厳寒期にどこに監禁されているのか少女の命が危ぶまれ、刑事は時間のプレッシャーに焦り始める。ついに刑事は独断でその容疑者をひそかに拷問し、少女の監禁場所を吐かせることに成功する。捜査班はただちにその場所に向かうが、少女は運悪く、暖を取れるよう犯人が窓のない監禁場所に用意した練炭ストーブの不完全燃焼による一酸化炭素中毒で死亡した後だった。こうして誘拐殺人犯人を裁く公判が始まるが、被告側弁護士が突いてきたのは刑事による拷問の是非であり、そのために裁判の焦点は被告人ではなく、証人として立った取り調べ担当刑事の行動に当てられ始める・・・。以上は、現代ドイツのベストセラー作家、フェルディナンド・フォン・シーラッハ(Ferdinand
von Schirach)氏が公共テレビ局ARDと共同で企画した新しい形のドラマ・プロジェクト「敵(Feinde)」の粗筋だが、この作品は年明けの日曜夜、画期的な形式のドラマとして全国放映された。(注:フォン・シーラッハ氏は法曹界出身で、刑事専門弁護士として長年活躍しており、その小説の多くには氏の法廷体験が投影されていると言われる。氏の小説は、日本でもこれまでそのほとんどが翻訳出版されている。)全体がそれぞれ90分の長さの二つの異なるドラマで構成されているのだが、主軸のストーリーは完全に同一で、二つのドラマとも同じ誘拐事件とその後の裁判を扱っている。従って二つのドラマの冒頭部分、容疑者が連行されるあたりまでの部分は視聴者が見る映像も全く同一だ。ドラマの内容が枝分かれしてくるのは刑事が容疑者を拷問するあたりからで、その後容疑者からの要請を受けた弁護士が弁護を引き受けてクライマックスの裁判に至る過程では、このドラマを見る視点がはっきり「刑事」側と「弁護士」側に二分され、最後の公判場面でまた一つに収束するという工夫がされている。ドラマの冒頭では刑事と弁護士が背中合わせに座り、それぞれが視聴者に向かって自分の立場を説明するのであるが、刑事は犯罪を犯した悪人には相応の罰が与えられねばならないと語り、それを「正義(Gerechtigkeit)」と呼ぶ。一方弁護士は刑事の考え方を誤りだと断定し、「正義」は「法(Recht)」を通してしか与えられず、「法」が与える「正義」に人間は満足できないことが往々にしてあると語る。この最初の場面で視聴者はすでに、「法」と「正義」が同義でないどころか相容れないものである可能性を予感するわけだが、このドラマはその予感通りの結末に向かって進む。
裁判の場面で被告側弁護士は、証人台に立った刑事の秘密を暴き出す。刑事は、その時点ではまだ容疑者に過ぎなかった男を独断で秘密裡に拷問して、少女の監禁場所を白状させたのである。ドイツでは、たとえどんな人間に対してであれ拷問することは三重に禁止されている。基本法(憲法)、刑法、そしてEUの人権協定であるが、幾重にも厳しく禁じられているのは、拷問を取り調べ手段として合法化したナチスドイツの反省からだ。そして拷問禁止の根拠の最上位に来るのが、基本法第一条第一項の最初の一文「人間の尊厳は不可侵である(Die
Würde des Menschen ist unantastbar)」である。このすべてを熟知していながら刑事は容疑者を拷問した。厳寒の中で少女が凍死する可能性を鑑みると一刻も早く監禁場所を知り救出に向かわねばならず、あれは犠牲者の生死がかかった「例外的な状況」であったのだと自己弁護する刑事に、弁護士は「例外かどうかは一体誰が決めるのか。例外か例外ではないかの境界は誰がどこに定めているのだ」と問い詰める。法治国家ドイツの最重要基盤「人間の尊厳は不可侵である」の「人間」の中にはどんな犯罪者も誘拐犯も含まれるのであり、刑事は拷問により誘拐犯の尊厳を侵したのだと弁護士は非難するのである。「では少女の命を救うために自分はどうすればよかったのだ、犯人が沈黙を守る中どうやって監禁場所を吐かせればよかったのだ」と問う刑事に、弁護士は「その時は犯人の沈黙を受け入れるしかない、実に簡単なことだ」と答える。弁護士は、人間一人の命より法を遵守することの方が大事であると宣言するのである。こうしてドラマは、「拷問により強要された自白は、被告の利益に反して用いられてはならない」という法律により、100%犯人であるにもかかわらず被告が無罪放免になるところで終わる。本人の自白以外、犯罪と結びつく証拠が何もなかったせいである。そして最後に、拷問をした刑事に対しての内部監査が警察署内で間もなく始まることが暗示されて、ドラマは幕を閉じるのである。
法廷における刑事と弁護士のやり取りは非常に重くスリリングであるのだが、その一方で実はこのジレンマは、一般のドイツ国民にもすでによく知られている事柄である。フォン・シーラッハ氏がこのドラマ・プロジェクトのために書いたストーリー「敵」には、実は基盤となる実話があるのだ。2002年に一定の年齢に達していたドイツ国民であればおそらく誰もが知っている、戦後最も有名と言われる誘拐事件である。2002年秋、フランクフルトの富豪銀行家一家の11歳になる息子が金目当てで誘拐された。間もなく一人の若い男が逮捕される。だが、この男は犯行は自供するのだが決して監禁場所を明かそうとしない。(後で分かるのだが、この犯人は誘拐直後にすでに少年を殺害してしまっており、それを隠すために沈黙を続けたのである。)刻一刻と少年の命が危ぶまれる状況に、当時のフランクフルト警察副署長ヴォルフガング・ダシュナー氏は、部下の刑事と共に犯人を拷問して監禁場所を吐かせる。だが現場に急行した警察隊が見つけたのは少年の遺体であり、この悲惨な事件は最悪の形で幕を閉じる。今回のドラマとは異なって犯人は拷問前にすでに犯行を自供しており、数々の証拠もあったためにその後誘拐殺人犯として有罪判決を受け、終身刑に処せられる。だがその一方で、刑事たちによる拷問という取り調べ方法の是非も大問題となり、今度は二人の刑事を被告とした裁判が開かれる。この裁判は“ダシュナー裁判”と呼ばれ、ドイツでは大変有名だ。結局事件の二年後にこのダシュナー氏ともう一人の刑事は有罪判決を受けるが、この時の量刑が予想外に軽いものであった(執行猶予付き罰金刑)こともまた話題となった。この時の裁判について、今回のドラマ「敵」の作者フォン・シーラッハ氏は、二つのドラマの間に放映された30分間ドキュメンタリー番組中のインタビューで、「当時の判決には非常な憤りを感じた。当時はこのテーマについて議論する下地がまだ十分になかったのだろう」と語っている。フォン・シーラッハ氏の立場がドラマ中の弁護士の立場と完全に重なっており、この弁護士に自分の考えを語らせていることは明らかである。氏は当時の“ダシュナー裁判”に異議を申し立てるために、今回のドラマを作ったと言える。
実は今回のドラマ・プロジェクトには、もう一つ重要な試みが加えられている。全国でテレビ放映される前に、約100人の視聴者が選ばれて試写室に招待され二つのドラマを見せられているのである。視聴者は意図的に、それぞれ次の三つのグループに当てはまる人の中から選ばれた。①警察官・警察関係者、②子供を持つ親、③法学部の学生を含む法律関係者、である。ドラマを見終わった後、全員がアンケート調査に回答することを求められるが、質問は一つだけ、「犯人を無罪とするこの判決は公正(gerecht)か」であり、「はい」「いいえ」のどちらかだけで回答する形になっていた。結果は、グループによって明らかな違いを見せるものとなった。警察関係者グループでは「はい」が41%、「いいえ」が59%、親グループでは「はい」が16%、「いいえ」が84%、法律関係者グループでは「はい」が77%、「いいえ」が23%というものだ。ただし、どのグループであれインタビューで感想を聞かれた人たちが言うことはほぼ同じであった―「たとえこの判決が公正なものであったとしても、感情的には決して受け入れられない。」フォン・シーラッハ氏がこのプロジェクトで告げたかったことは、まさにこの点なのである。「個人の感情、個人の正義感や倫理観は決して『法』になってはならない」と、氏はインタビューの中で何回も繰り返している。「法治国家が機能できるためには客観的距離が必要なのであり、倫理を法の上においてはならない。」ドラマの中でフォン・シーラッハ氏は弁護士に、「何を犠牲にしても行ってよい“真実の追究”というものはない」と言わせているが、法治国家が決して犠牲にしてはならないものが「法」であり、ドイツにあってはその最上位に位置する大原則が「人間の尊厳は不可侵である」なのだ。インタビューの終わりにフォン・シーラッハ氏は次のように語っている―「『人間の尊厳は不可侵である』の条項を放棄するなら -そして、相手が誰であれ人間を拷問することはまさにこの条項を放棄することになる-、その時その上に築き上げられている何もかもが崩壊することになる・・・このプロジェクトの目的は、人々に法治国家とはどのように機能しているかを理解してもらうことにあり、このドラマを見た人がこのテーマを深く捉えて、どのような時にも拷問の正当性に疑いをさしはさむようになるならば、プロジェクトは成功したと言える。」
二つのドラマの筋を追う中で高まってくる自分の感情と、法治国家の真実(正体)を直に対決させざるを得なくなる視聴者は、最後にはなんともやり切れない結末に感情のやり場を失うという体験を強いられた。それは、年明け早々に重い体験であった。
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