右翼出版社の存在権利

フランクフルトに住む市民の毎年10月の楽しみは、フランクフルト書籍見本市(Frankfurter Buchmesse)だ。戦後1949年に始まり、以来毎年10月後半に5日間に亘ってフランクフルト市の中心にある巨大な見本市会場で開催されるこの書籍見本市は、「本の見本市」として今や世界最大規模であり、毎年この時期には文字通り世界から30万人近くの人々がフランクフルトに集まる。その約半分は出版社、書店、エージェント、図書館の買い付け責任者などの業界人だ。見本市というからにはここはまずは商売の場であり、業界人の間で版権の交渉や契約がなされ、企業間の様々な取引が行われる。従ってフランクフルトでも、開催期間5日間のうち最初の3日間は業界人とメディア関係者だけが入場でき、商売の交渉の場が持たれる。同時にその背後では、一日通して様々な国際会議や講演、シンポジウムが開かれては国際規模での出版業界の情報交換が行われるのである。この書籍見本市は大変規模が大きいのでメディア関係者も大勢入り、毎年この時期は新聞やテレビ・ラジオのニュースで盛んにその様子が報じられる。またドイツ出版業界で毎年選出される大きい文学賞や平和賞の発表や授賞式もこの機会に同時に行われ、特に、ドイツ語で書かれその年に出版された最優秀長編小説に贈られる「ドイツ書籍賞(Deutscher Buchpreis)」と、文学、学問、芸術の分野で平和理念の実現に貢献する活動を行った人に贈られる国際平和賞「ドイツ書籍販売業界の平和賞(Friedenspreis des Deutschen Buchhandels)」は注目度が高く、こちらも大々的に報道される。そして開催期間最後の二日間となる週末の土・日に、いよいよこの見本市は本好きの一般市民に門戸を開くのだ。世界各国から毎年7000を超える出版社がブースを開いて自社の新刊本を並べているのだが、フランクフルトの見本市はもはや単に、本好きの市民がこれらの本を眺めに行くというだけの場所ではなくなっており、この二日間はいわば本を中心に据えた大きいお祭りになっている。毎年一般市民の訪問客が、二日間で15万人近くも集まるのはそのせいだ。人気作家のサイン会や朗読会があちこちで開かれているかと思えば、こちらではベストセラー作家に有名コメンテーターがインタビューしている。作家の講演会も数多く開かれ、見本市入場券(一日のフリーパス)で訪問客はどこでも自由に出入りできる。更にここ10年ぐらいこの見本市の目玉になっているイベントは、若者たちのコスプレ・コンクールだ。(主に日本の)アニメやコミック、ゲームのキャラクターに扮装した若者が大勢あちこち練り歩いており、この分野に全く通じていない者が見てもその扮装の凝り方と完成度は素晴らしく、大いに目を楽しませてくれる。一方、この見本市では毎年一か国ゲスト国が決められているのだが、その国が広いスペースを使って自国の紹介をし、自国の著名作家の本を並べてドイツの訪問客と交流する場を作っているのも、大きなアトラクションの一つである。おまけにゲスト国は自国の名物料理を提供するレストランコーナーも設けることになっており、毎年そこで異国の珍しい料理や飲み物を満喫できるのも、ドイツの訪問客にとっては大きな楽しみなのだ。(ちなみに今年のゲスト国はカナダだった。)昨年はコロナのせいでこの書籍見本市は中止となり、バーチャルでのみいくつかのイベントが開かれた。今年もまだ厳しい人数制限があり、出版社の数も訪問客の数も例年よりはるかに少なかったのであるが、一年置いてようやくまたこの場で開催できたという喜びが、今年の見本市会場には溢れているように思えた。

 

そういう喜ばしい今年の書籍見本市がこの週末に無事終わったのであるが、実は今回は開幕前にフランクフルトで、ある穏やかならぬテーマをめぐって小さい騒ぎが起こっていた。公共放送局が占めた広々としたスペースで自作の処女小説を紹介するために、その放送局のイベントに参加を予定していたアフリカ系移民の女性作家ヤスミーナ・クーンケ氏が開幕直前になって出席をキャンセルし、同時にその理由として、見本市主催者が極右出版社の参加を許していることを指摘したのである。クーンケ氏はこれまでもこの極右出版社から人種差別による数々の嫌がらせや脅迫を受けていたということで、今回見本市イベントへの参加を打診された時に、極右勢力から彼女の身の安全を守るに十分な措置を取ってくれるのであれば、という条件をつけていたのだという。ところがその後彼女は、自分が参加するはずのスペースのすぐ近くにこの極右出版社がブースを出していることを知り、急遽参加を取りやめたのである。これについてクーンケ氏自身は次のようなコメントを発表している―「私はナチスとは言葉を交わさず、彼らには耳を傾けず、彼らの本を読むこともしません。だから、自分の著作を紹介し宣伝するせっかくの機会を失うことにはなりますが、今年のフランクフルト書籍見本市におけるイベント参加を断ることにしました。黒人女性として自分の身を守る手段がボイコットしかなかったからです」。だが、身の安全という以外に彼女がボイコットを決めたもう一つの意図は、見本市をボイコットすることで見本市の主催者側の極右勢力に対する姿勢を非難することにあった。そしてこの事件は、クーンケ氏に同調する作家たちが数人現れ、彼ら自身出席を取りやめて見本市をボイコットするという局面にまで発展する。とはいえ、実はこの種の騒ぎはもうここ数年繰り返されていることではあった。右翼のイデオロギーに凝り固まり暴力も辞さないことを自ら口にして警察に目を付けられているような人物が中心になってナショナリズムと移民排斥を掲げている出版社が、書籍見本市にブースを出して自社宣伝することを主催者は許していいのかという問題は、フランクフルトでもここ数年、毎年書籍見本市が開幕される頃になると一部の人々の間で取り沙汰されてきたのである。これが今年特に注目を浴びたのは、上述のように数人の作家が「見本市ボイコット」という具体的な一歩に出たからである。彼らの主張は明らかで、そこにあるのは「人間への敵意と憎悪に満ち人種差別を堂々と掲げる出版社がなぜ書籍見本市に受け入れられ、宣伝の場を与えられるのか、そんなことをなぜ許すのか」という、主催者に対する糾弾なのである。

 

これに対して、主催者側のフランクフルト書籍見本市責任者ユルゲン・ボース氏は、あちこちのメディアインタビューに応じて弁明に努めている。たとえば次のような発言だ―

見本市では、その意見が法に触れない限り誰でもが自由に他者との意見交換ができなくてはならないのです。・・・(今回ボイコットした)作家の方々がこのような考え方を共有されなかったことは、大変残念です。フランクフルト書籍見本市の安全対策は、非常にレベルが高く設定されています。・・・出版業界の交流の場は常に政治的討論の場でもあって、ですから論争のタネは至るところにあり、それこそが書籍見本市の遺伝子に組み込まれた要素の一つなのです。Tageszeitung 20211022日付記事「文化間の争い以上のもの」より)

ボース氏が言わんとしたのは、自分は決して右翼思想に共感するものではないが、書籍見本市は、自社の主義で自由に議論の内容を取捨選択できる新聞とは異なり、自由市場における行事であり、そのモノポール的立場からカルテル法に則らねばならない。つまり、主催者側は、現行の法に違反していない限り参加希望する出版社を拒絶することはできない。そして、問題の極右出版社は現在のところ刑法に違反しているわけではない、ということであった。この主催者側の弁明と理屈に対しては、直後からメディア上で様々な批判や意見が飛び交い始める。中でもリベラル左派の新聞Frankfurter Rundschauは、あまりにも正面切って主催者側を批判したためにプレス用フリーパスを発行してもらえなかった(と、自ら主張している)ジャーナリストとのインタビュー記事を掲載しており、いささか感情的ではあるもののこのジャーナリストが主催者を徹底的に批判する言葉には迷いがない。「今年もまた右翼出版社が見本市に参加できる理由として主催者側は『意見表明の自由』を持ち出していますが、この論拠をどう思いますか」とのインタビュアーの問いに応えて、このジャーナリストは次のように答えている―

ファシズム、人種差別、反ユダヤ主義は「意見」ではなく、犯罪です。主催者側の説明は、知的レベルがあまりにも低過ぎます。・・・おまけに「見本市側には出版社の権利を妨げる権利はない」というあの愚かな見掛け倒しの論拠、まるでそれが問題なのだというかのような! 主催者側にはもちろん主催者としての権限があり、ある出版社を招待するか否かを決める自由があるのですから。・・・主催者側は「互いに寛容と敬意を持って接する」ことをモットーに掲げていますが、その一方で有色人種の作家たちやファシズムに抵抗する人々を、ナチの侮辱や、場合によっては実際の暴力行為の標的にされる危険に晒しているのです。・・・その結果、フランクフルト書籍見本市が言うところの「ダイバシティ」は、ナチスを迎え入れて黒人作家たちを閉め出すことになったのです。Frankfurter Rundschau 20211021日付記事「書籍見本市主催者は、内実を知りながらナチスを選択した」より)

このように主催者側の姿勢や決断を問題視する声の一方で、この種の極右出版社に抵抗するのに「ボイコット」以外の手段はなかったのか、という声もメディア上では多く聞かれる。ボイコットは自ら負けを認めることだ、と、ある人種差別研究者は言う―「ファシストがいる場所を避けるということを、私ならしない。私ならその場に出向く。それが私が考える『抵抗』だからだ」。また、ボイコットを決めた作家たちに理解を寄せながらも、もっと社会の声を呼び込んでドイツ市民社会の連帯で見本市会場のこの出版社に対抗するやり方はなかったのか、と自問する声も上がっている。ボイコットすれば、その場をファシズムの出版社に譲り渡したことになってしまうからだ。今年フランクフルトの書籍見本市にブースを出した出版社の総数は2000を少し上回る数であり、問題の極右出版社はその中の一社だけ(Jungeuropaというファシズム傾向が極めて強い出版社)であったようだ。だがもちろんこれは数の問題ではない。この騒ぎは、来年の書籍見本市でもまた繰り返されるであろう。これは、「ダイバシティ」を目指して「ダイバシティ」を実現しつつあるドイツ社会が、その途上で必ず直面しては社会の連帯で克服しなければならない大きな問題なのである。 

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