急げ、電気自動車

昨年ドイツは、「爆発的ブーム」と呼んでいいほど電気自動車の売上台数が増加した。連邦統計局の数字によれば、2020年中に認可を受けて販売された電気自動車の数は約194000台で、この数は前年2019年の三倍以上となる。また、今年2021年にしてもこの9月末までに認可を受けた電気自動車は、すでに昨年一年間の台数を軽く上回る約237000台に達したという。その結果現在ドイツの路上を実際に走っている電気自動車の数は50万~60万台、そしてこれとほぼ同数のハイブリッド車が走行しているということだ。2014年までは年間1万台以下、2019年までもせいぜい年間で数万台しか販売されなかった電気自動車が、なぜ昨年来急速に売上台数を伸ばしているのかというと、大きな理由は国の助成金政策にある。

 

一般に「環境ボーナス(Umweltprämie)」と呼ばれる新車購入時の助成金制度をドイツの連邦政府が最初に実施したのは、実は金融危機後の2009年のことであった。この時は、国の基幹産業である自動車業界を金融危機のダメージから救うことが第一の目的であり、新車購入時に国が一部費用を負担することで消費者の購買意欲を高めようとしたのである。同時に国は、買い替える自動車は当時の二酸化炭素排出規制に合ったエコ車両でなければならないとし、環境対策との一石二鳥を狙ったのであるが、そのためにこの助成金は「環境ボーナス」と名付けられた。要は、これまで使ってきた「環境汚染車両」を廃車にし環境に優しい新車に買い替える消費者に対して、国が購入費用の一部を助けるというのが「環境ボーナス」の内容だったのである。従ってこれは別名「廃車ボーナス(Abwrackprämie)」とも呼ばれ、最終的にはこちらの通称の方が世の中に広まり、その結果「廃車ボーナス」という語がこの年の「世相を表す言葉(Wort des Jahres)」に選出されるというおまけ話までくっついた。広まったのは名称ばかりではなく、実際にこの制度を利用して新車に買い替えた消費者は多かった。当初連邦政府は総額15億ユーロをこの助成制度に予定し、新車一台につき2500ユーロ(当時の為替レートで約33万円)助成、対象は最大60万台までと決めて20093月初旬に申請の受付を開始した。ところがその一月後の4月にはもう、上限を大きく引き上げて助成総額50億ユーロまで、助成車両台数は最大200万台に変更することになる。この制度を利用したい消費者が殺到したのである。結局同年、2009年の9月初めに政府はこの制度の終了を決めるが、実際にこの時までに約200万台の助成申し込みがあったということだ。こうして大成功に終わったかのように見える「環境ボーナス」第一弾ではあったが、実は疑いなく成功したのは第一の目的の方、自動車産業の売上増の方だけで、第二の目的であった環境対策の方はそれほどの効果をもたらさなかったと言われている。というのも当時はまだ電気自動車が買い替えの対象になっていたわけではなく、環境に優しい車両の基準がまだまだ甘い時代だったのだ。だがその後も連邦政府は自動車業界と組んで、手を変え品を変え期間限定の「環境ボーナス」を続け、2019年末にはついに、電気自動車とプラグインハイブリッド車(注:長距離走行用に内燃システムを備えてはいるが、一定距離内であれば電力だけで走行でき、従来のハイブリッド車よりは電気自動車に近いタイプの車両)だけを対象にして助成額を引き上げた新たな「環境ボーナス」を開始する。当初は電気自動車に対しては一台につき6000ユーロ(現在の為替レートで約80万円)、プラグインハイブリッド車に対しては4500ユーロ(約60万円)を給付することに決めたが、昨年コロナ禍が始まると、経済支援の意図からこの金額を更に50%増とした。結果現在は、電気自動車を購入するなら最大9000ユーロ(約120万円)、プラグインハイブリッド車であれば6750ユーロ(約90万円)の助成が得られるようになっており、助成期間も当初の予定より数年延長して2025年まで続けられることになっている。これがまた当たって、昨年来この二タイプの車両の販売台数が急上昇しているのである。

 

特に電気自動車の好調な売れ行きに連邦経済相のペーター・アルトマイアー氏は、この7月、今後の電気自動車普及についての目標を上方修正しさえした。地球環境専門家の試算によれば、ドイツが交通セクターで掲げている二酸化炭素排出量削減目標を達成するためには、ドイツの道路を走る電気自動車は2030年までに少なくとも1400万台にまで増えねばならないという。これは壮大な目標であり、これまで連邦経済省はさすがにそれは無理と考えたのであろう、目標値を2030年までに1000万台に置いていた。だが昨年来の好調な売上数字に、アルトマイアー氏は最近、専門家が掲げた数字をそのまま「現実的目標」として取り入れたのである。更に、2030年までに毎年認可される新車両の約80%を電気自動車にする、そのための中間目標として2025年には約3分の2を電気自動車にしなければならない、とも発表。その実現の可能性は素人には判断できないが、もしこれが本当に達成されたなら、ドイツもEUが提案している通り、遅くとも2035年までに、あるいはもっと早く化石燃料車両の認可を打ち切ることができるであろう。(ドイツではまだ化石燃料車両の認可・販売をいつまで続けるか決めておらず、緑の党だけが「化石燃料車両の認可は2030年で打ち切る」ことを主張している。)これまでドイツで電気自動車がなかなか普及しなかった最大の理由は、その価格にあった。数年前まで新車の電気自動車価格は最低でも4万~5万ユーロはすると考えられていたが、今はドイツ車でも2万ユーロ台で買える商品があり、助成制度を利用すれば半額とは言わぬまでもかなり安く買える印象がある。反対に今年から導入された二酸化炭素価格(注:二酸化炭素排出量1トンにつき25ユーロ課せられる一種の税金であり、車両燃料のガソリン、ディーゼル、それに暖房燃料の灯油と天然ガスの価格に反映するため、ドイツでは今年全体的に消費者物価が上昇している)のせいで、ガソリン車、ディーゼル車の燃料価格は上昇。化石燃料車両を運転している者は、目下給油のたびにこの値上げを痛感しているところである。おまけにこの二酸化炭素価格はこれからもどんどん引き上げられていく計画だ。丁度車両の買い替えを考えている人であれば、ドイツで電気自動車を選ぶのは当然の流れなのである。

 

これまで電気自動車普及の最大の障害になっていた価格がこのようにクリアされつつある中、残る障害は充電スタンドの数である。ごく最近の報道によれば、現在ドイツの道路を走っている電気自動車は50万台以上、加えてほぼ同数のハイブリッド車が走っている状況で、車両用充電スタンドの数は全国で47000台であるという。今のところは簡単に計算して車両約20台につき充電スタンドが一つ、ということになるが、今後電気自動車の台数が急増するのであればもちろんそれに伴って充電スタンドの数も増やしていかねばならない。2030年までに電気自動車の数を1400万台に増やす目標を掲げた連邦政府は、充電スタンドについても2030年までに100万台に増やすことを目標にしている。台数ばかりではない。充電スタンドが現在のところ全国に隈なく散在しているわけではないことも、問題視されている。沢山ある地域もあればほとんど見つからない地域もあるということで、これを均等になるように増やしていくことが大きい課題になっているのだ。更に電気自動車の充電をめぐるもう一つの問題は、自宅で充電できるシステムをどう普及させていくかという点だ。戸建てでガレージがあるような持ち家であれば、Wallboxと呼ばれる充電用ボックスを取り付けることは比較的簡単で、その工事費用の助成制度も国は用意している。賃貸アパートでは、自分の駐車スペースに充電システムを取り付ける権利を住人側に認める法律が、すでに作られている。だがまだ未解決で残っているのが、自分の駐車スペースを持たずに路上駐車をしている場合の充電問題だ。ドイツでは車を購入する際に車庫証明が不要なので、車の所有者の中に特定の駐車スペースを持たない人は都会にも大勢いる。彼らは定期的に公共の充電スタンドで充電しなければならず、近所にスタンドがないと面倒なことになる。この問題を解決するためにお手本になりそうなのがオランダだ。オランダは、2025年で電気自動車しか認可しないことをすでに決めており、交通セクターにおけるエネルギー転換の先進国である。この国では、各人が自宅や自分の駐車スペースにWallboxを取り付けることよりも、公共の充電スタンドを増やすことに努めている。電気自動車を購入した人は、速やかに自分が居住している自治体にその旨を申し出る。そうすると、その人の住居の200300m以内に一つも充電スタンドがない場合直ちにその自治体によって新しい充電スタンドが作られるという。こうして誰でもが自宅の近所で充電できる環境を国中に作っているのだ。更に充電スタンドの支払い方法もオランダではすでに統一されており、どの企業が経営するスタンドであっても共通カードでの支払いが可能であるという。ドイツはまだ支払い方法が企業によってばらばらで、スマートフォンのアプリを使うにしても自分が登録している会社の充電スタンドしか使えない。探し回ってせっかくスタンドを見つけてもそれが自分が顧客として登録している会社のものでなければその場で新たに別会社の登録手続きをし直すか、または自分の会社のスタンドを探して更に走り回るはめになるのだ。どうやら電気自動車にかける連邦政府の意気込みとは別に、ドイツはこの点ではまだ欧州の中の後進国であり、他国から学ぶことが多そうである。 

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