膨張する連邦議会

今ドイツで目前に迫っている連邦議会選挙だが、この連邦議会の議員定数は2002年以来598人とされている。しかし2017年に発足した現政権の議員数はなんと709人であり、定数を実に100人以上も上回っている。もともとこの定数は全国に299ある選挙区を倍にした数であり「最低人数」という目安に過ぎないので、2002年以降毎回選挙のたびに当選する議員数は600人を超えていたのだが、それにしても現在の709人というのは多過ぎる。なぜこんなことになるのか、そもそもなぜこれまでもいつも598人をはみ出ることになってきたのか。これが実は現在のドイツ連邦議会選挙制度の大きな問題点であり、もう長年憲法裁判所を巻き込んでは「合憲か、違憲か」という点からあれこれ論議の対象となってきた事柄なのである。今回は、現時点でもまだ解決されていないこの問題をテーマに取り上げたいのだが、そもそもなぜ議員数がこんなに増えてしまうのかを説明する前に、まずドイツの連邦議会選挙の投票方法を紹介することから始めよう。

 

有権者は18歳以上のドイツ国籍を持つ成人。「16歳以上」に引き下げる話も出てきているが、現時点ではまだ「18歳以上」である。有権者の人数は現時点で約6040万人。投票方法は、日本の衆院選同様にドイツでも小選挙区制と比例代表制の両方が使われている。ただし、日本では両制度が「並立」して使われていると言われるのに対し、ドイツでは両制度を「併用」していると言われる。有権者が候補者ではなく政党を選ぶ比例代表制の結果で決まる政党ごとの議席比率が、日本では、比例代表制に最初から割り当てられている議員数(現在176人)にしか適用されないのに対して、ドイツでは、この比例代表制の結果こそが全議席数(598議席)の配分を決めるのである。ドイツの有権者は、小選挙区制の方では自分の選挙区から候補者の一人を選び(「第一の票」と呼ばれる)、比例代表制の方では政党を一つ選ぶ(「第二の票」)のだが、選挙の結果(勝敗)を決めるのはこの「第二の票」による比例代表制の方であり、小選挙区制の結果は政党間の勝敗を決めるものではない。分かり易いように簡単な仮定の例を挙げて説明すると、今、総議席数を100とし、政党Aが比例代表制の投票の結果25%の得票率を上げたとする。この結果から政党A25議席を獲得するわけだが、小選挙区制の方の結果が意味を持ってくるのは、どの議員を送り込むかを決める時である。小選挙区で当選した候補者は全員が必ず議席を獲得できるので(そうでないと、民意を反映したことにならない)、もし政党Aの候補者のうち15人が小選挙区で当選したとするなら、政党Aはまずはこの15人を優先的に議会に送る。そして選挙の結果政党Aが獲得した25議席のうち残りの10議席を、比例代表制の方で用意していた名簿の順位に従って10人に割り当てるのである。この説明からは、制度上取り立てて何も問題がないように思えるのであるが、実はこのやり方には落とし穴があった。19908月に、東西統一後初めての総選挙を目前にしての選挙法改革が行われたのだが、この時選挙区の数も議員定数もそれまでよりはるかに増やされることになった。当時新たに決められた選挙区数は328、議員定数は656人である。そして199012月に行われた統一後初の総選挙で、すでに「超過議員(Überhangmandate)」が6人出て議員総数は662人となったのである。この「超過議員」はどこから発生するのかというと、比例代表制の結果配分される議席数を上回る数の議員が小選挙区制の方で当選する政党が現れた時である。先の政党Aの例で言えば、比例代表制の方で獲得した議席数が25であったのに対して、この政党の候補者の26人(もしくはそれ以上)が小選挙区制の投票の方で当選してしまった、というケースがこれに当たる。先にも述べたように、小選挙区で当選した候補者を議会に送らないという選択肢はない。従ってこの例で言えば、政党A26人(もしくはそれ以上)を送り込むために連邦議会の総議席数は101人(もしくはそれ以上)にせざるを得ないということになる。実際に、すでに199012月の総選挙でこの現象が起こり、結果的にこの年の選挙後の議員数は定数を6人上回ることになった。

 

しかし「6人」というのは、まだ問題視されるほど大きな数ではなかった。問題視され始めるのはその次の総選挙、1994年からである。この時も「超過議員」が出たのであるが、今回は16人になり、議員総数は672人となった。問題視されたのは必ずしも議員総数が増えることではなく、「超過議員」が主に大きい政党で発生すること(大きい政党の議員の方が通常知名度が高く、小選挙区で勝ち易いから)、そしてその結果、大きい政党が事実上比例代表制で決まった比率を上回る形で議席を獲得し易くなり、他の政党との間に不公平が生じることである。先の例で言えば、本来政党Aが獲得した比率は25%であるのに、「超過議員」が一人出たことで政党Aが連邦議会に占める議席比率は101分の2625.742…%となる。比例代表制の投票結果より良くなってしまうのだ。それでも「超過議員」が一人であればそれほど問題にはならないが、もし5人出たとしたら政党Aの比率は105分の3028.571…%と、本来の選挙結果より3%以上上乗せされることになる。この例は少々極端ではあるものの、実際にこの頃から連邦議会選挙の現実は、もはや不公平を見逃せない様相を呈していく。2002年の選挙から議員定数は現在の598に減らされるのであるが、「超過議員」は選挙のたびに現れ、2009年の総選挙後には24人が定数を上回る形で議席を獲得した。だがその一方でこの頃にはこの問題はとっくに、不公平を招く現行選挙制度の欠陥として憲法裁判所に持ち込まれていた。2008年に憲法裁判所はこのやり方の違憲性を認める判決を下し、2009年選挙には間に合わないものの、2011年までに選挙法を改正してその次の選挙から改正内容を反映させるよう命じる。こうして2012年、当時の政府と野党間で改正案が合意され、翌年2013年にはこの改正案が連邦議会を通過、同じ年の総選挙でこの改正版選挙法が適用されることになる。この時決まった改善策は、「超過議員」が出たために本来の比率を上回って議席を得る政党が出現した場合には、その上回る比率分を他のすべての政党の比率にも上乗せしていく、という内容であった。比例代表制の投票結果で決まった比率をそのままに保つために、ある政党が「超過議員」で得をしたなら、その分他の政党にも「調整議員(Ausgleichsmandate)」が上乗せされることになったのである。前回2017年の総選挙後に総議席数が709と定数より111議席も増えてしまったのは、このせいである。この時の「超過議員」は合計46人(政党による内訳はCDU36人、CSU7人、SPD3人)、これを補うために他の政党に上乗せされた「調整議員」は合計で65人にも上ったのである。

 

連邦議会議員が定数を100人以上も上回り総数が700人を超えたのであるから、もちろん前回の選挙直後からこの膨張は大変問題視された。議員の歳費はもちろん税金であり、いきなり100人以上増えた議員たちを次の四年間、いわば納税者が養っていかねばならないのであるから問題視されて当然である。おまけに、連邦議会は大きくなればなるほど機能しにくくなる、とも言われている。そのために本来598という定数が決められているのであるが、このままいけば近い将来議員総数が800人を超えることもあり得るとさえ言われている。こうして2017年時点ですでに、議員数上限をただちに630人とし、将来的には500人にまで減らしていくべきであるという改革案が、ドイツ納税者連合から上がってきた。法学者からも、「連邦議会は、その時々の都合で任意に膨張させてはならない」との批判が出てきた。こうして現連邦政府も、今年の総選挙で更に議員数が膨れ上がることを妨げるために、昨年10月に改革案を提出、数の力でこれを議会で通してしまう。その内容は時間的に二段階に分けたもので、まず今年2021年の選挙については― ①選挙区数は今回は変わらず299のままにおくが、②「超過議員」3人までは他党に対する補償対象にはしない(つまり、本来勝ち取った比率を超えても3議席の超過までは黙認し、他党にその分の「調整議員」を配分しない)、③それを超えた「超過議員」については、同じ政党の別の州との間で人数を調整する(注:話がややこしくなるので冒頭の説明では省いたが、議員数は一つの政党の中でも各州の人口により州ごとに配分されている。ここで改正される点は、ある政党がA州で小選挙区制による「超過議員」を出したら、B州の同党の比例代表制から出られる数をその分減らす、ということらしい)。そして二段階目として次の2025年の総選挙までに、選挙区数を現在の299から250に減らすなどの改革について特別委員会を設置して検討する、というものであった。この連邦政府から出てきた改革案には、特に上記②に対して野党三党(緑の党、自由民主党、左党)が合同で抵抗し、憲法裁判所に違憲性を訴え出たのであるが、今年8月に憲法裁判所はこの訴えを棄却して、まずは今年の選挙に関しては連邦政府の改革案を実践するよう命じたのである。

 

連邦議会の膨張を防ぐための改革をめぐるこのゴタゴタ騒ぎは、実はドイツ国内でも一般にはあまり大きく報道されていない。投票のやり方が変わるわけではなく、有権者には直接関係ない話であることと、「超過議員」「調整議員」を加えて各党当選議員数を算出するその計算の仕方がややこしくて一般有権者にはすぐに理解できず、またそんな細かいことに一般の関心は向かないからであろうと思われる。それでもあえて今回この件について報告したのは、民主主義のルールに従った直接選挙であっても、民意を100%反映する選挙制度を作るのはなかなか困難であることが分かる例だからだ。米国の大統領選挙は、勝った州の選挙人を総取りするやり方が取られているため最終的には獲得した選挙人の数で勝敗が決まり、それが有権者の票数とは正反対の結果になることもある。このやり方のどこが民主的なのかとドイツでは頭をひねる人が多いのだが、そのドイツでも完璧に民主的な選挙制度はいまだ確立していないのである。 

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