今年G7の主役たち

611日から13日までの三日間にわたって英国の南西にある風光明媚なコーンウォール地方で開催された今年のG7は、コロナによる昨年の中止を経て二年ぶりの先進国首脳会談となったこと以外にも、いくつか最初から注目される点があった。何より、今回はいつにも増して先進国間の連帯が強く求められている点。先進国が克服しつつあるコロナも、まだ世界全体への予防注射の普及は追いつかず、遅れている国への支援に先進国が一体となって取り組まねばならない。そしてコロナ後の世界経済の立て直しにも相互協力が不可欠だ。そのほか定番の議題である気候変動や、中国、ロシアといった専制国家に対して西側諸国が今後どう民主主義の価値を強調し貫いていくかなど、重要なグローバル課題が目白押しで、多国間の協力と連帯がますます求められている点が今回のG7では再認識されることになった。だが、このような具体的議題以外にも大きな注目を集めたのが、米国の新大統領バイデン氏の動向である。バイデン氏は、大統領就任後初めてとなる今回の国外出張で、過密にして難題ばかりのスケジュールをびっしり立てていた。まずサミットの前に一日、ホストである英国のボリス・ジョンソン首相との面談日を設け、G7サミットの後は、NATOサミット、EUサミットに出席し、その間にトルコのエルドアン大統領とも面談。そして締めの616日はジュネーブでロシアのプーチン大統領との面談もスケジュールに入れたのである。中でも最も注目されたのは、スケジュールの最後にして最難関プログラムとなったプーチン大統領との面談であった。この面談の直前にプーチン氏がロシア国内でのインタビューに答えて、米国の前大統領トランプ氏を褒め称え、それに比してバイデン大統領を「単なるキャリア志向の俗人」と言わんばかりの発言をしたことも、ドイツには伝えられた。面談前にプーチン氏がすでに戦闘態勢に入っていることが窺われ、このプーチンと話さねばならないのはバイデン大統領も大変だなとドイツでは思われたのである。だが、今回のバイデン大統領訪欧で私が個人的に面白く思ったのは、この最終日のプログラムよりも初日、バイデン大統領とジョンソン首相の面談であった。

 

周知のようにジョンソン氏は、前大統領のトランプ氏に大変近い存在であった。トランプ氏は当時、Brexitを(非理性的なまでに)貫こうとしていたジョンソン氏をべた褒めし、一方ジョンソン氏は、体形や髪の色ばかりでなく、事実を軽視し、時に無視する発言や姿勢でトランプ氏との類似性が大いに認められてきた人物だ。トランプ相手に苦戦する欧州の中でジョンソン氏の英国だけは、トランプ大統領との蜜月を過ごしていたのである。そのジョンソン氏のことをバイデン氏がかつて、「身体的かつ感情的にトランプのクローンである」と言ったことも伝えられている。だからこそバイデン氏が次期大統領になることが決まるや、ジョンソン氏は今後の米国との関係を考えて、自分の「トランプ派」としての過去を清算する必要に迫られたわけだが、まず手始めとして、選挙でバイデン氏勝利が明らかになった時に欧州首脳の中では一番乗りで祝辞を送ったことが知られている。今年1月に米国で起きたトランプ信奉者たちによるワシントン議事堂襲撃事件の時も、ジョンソン首相は即座に、「議事堂を襲撃するなどという恥ずべき行動に人々を焚きつける行為を、私は無条件で断罪する」という明確なトランプ批判を発表した。ジョンソン首相のこの「転向」努力はバイデン氏にも届いていたようであるが、今回二人が実際にどこまで同調できるか、というより、バイデン大統領がこの英国首相をどこまで受け入れるか、という点がドイツでは好奇の的になったのだ。この日ドイツのメディアでは、「ジョー・バイデンの欧州ツアー:トランプをねじ伏せた男がトランプ・クローンに会う」(202169Frankfurter Rundschau紙)や、「ジョンソン首相、自らの過去との闘い」(202169t-online Politik)などジョンソン首相の立ち位置を揶揄したものから、「(ジョンソン氏いわく)バイデン大統領は『新風(breath of fresh air)』-あるいは逆風かも」(2021611Tagesschau)という、両者の関係の危うさを指摘した見出しが目立った。

 

Brexitが成立して初めてとなる先進国サミット、しかも自分がホスト役となったこのサミットは、ジョンソン首相にとって、EUを離脱した英国が単独でもグローバル舞台における重要国であることを他国に示し、英国が世界に占めるべき新たなポジションを築く一歩という意味で非常に重要な場であった。そのためにまずは、伝統的な絆で結ばれている米国との間に今また新しく密な関係をスタートさせようという意図で、ジョンソン氏はサミットより一足先にバイデン氏と二人だけで面談する機会を求めたのである。ドイツの報道によれば二人の話合いは礼儀正しく、かつなごやかに始まり、どうやらバイデン大統領は「過去のことを長く根に持つタイプではない」らしいことが伝えられた。しかしながら、今回具体的にジョンソン首相が米国に求めたかったこと、二国間の広範に及ぶ自由貿易協定に関しては、ジョンソン氏はバイデン大統領からまだお預けを食らう形となった。ドイツメディアの見出しには、「バイデン大統領の訪問にあっても、Brexitに足を取られるボリス・ジョンソン」(2021610Handelsblatt紙)というものもあったが、目下EUと英国間で揉めているBrexit協定の重要な一項目、北アイルランド問題にバイデン大統領が介入し、ジョンソン首相に待ったをかけたのである。昨年末にすべての項目でEUと英国の間での合意が成り立ち、事実上完結したBrexitであるが、実は現在EUと英国間では揉め事が生じている。アイルランド・北アイルランド間の貿易問題である。EUに残るアイルランドと、英国の一部としてEUを離脱する北アイルランドの間に国境と税関ができることを何が何でも避けねばならないという点は、長年に亘ったBrexit交渉の中でも最重要事項であった。この件については2019年にEUと英国の間でやっと合意が成立したのだが、契約された内容は、貿易においては北アイルランドはEU加盟国と同じ扱いを受ける、つまりEU規格に則った商品をEU規制に則って流通させるというものであった。これによって北アイルランドとアイルランド間に税関を設ける必要を無くし、両者間の行き来をこれまで通り自由に保つことで、過去の紛争の再燃を防ごうとしたのである。一方で、この合意内容を実現させるためには、北アイルランドとブリテン島の間に税関コントロールを設けなければならない。ここで、英国の他の地域から北アイルランドに渡る商品がEU規制に則っているかが検査されねばならないのである。これがBrexitの合意事項としてEUと英国の間で契約された。そして、英国企業が北アイルランドの港で行わねばならぬ税関手続きに慣れるための準備期間として、EUは英国に今年3月末までの猶予期間を与えたのである。ところが英国政府は、EUに相談なく一方的にこの猶予期間を延長した。更に、北アイルランドにおける商品流通の状況をEUがチェックするために必要な、英国税関のPCシステムへのアクセス権をまだ英国がEUに渡そうとしないことも、問題になっている。英国はBrexit後も出来る限り長く、EU加盟国時代通りの自由貿易を続けようとしているのだ。ごく最近EUBrexit担当官が「EUの忍耐はもう擦り切れかかっている」と警告したことが伝えられたが、このまま英国がBrexitで決めた内容を守らずにぐずぐずしていると、EUは契約違反として英国に罰則を科さざるを得なくなるということだ。この英国の態度をバイデン大統領も問題視していることは明らかで、今回の話合いの場でもバイデン氏がジョンソン氏に、責任をもってこの問題を解決するよう求め、これが英国と米国の間の「新たな絆」を結ぶ妨げになることをほのめかしたことが伝えられた。自身アイルランド移民の家系であるバイデン大統領が、この北アイルランド問題に並々ならぬ関心を寄せていることは、ジョンソン氏にとってどうやら「新風」ならぬ「逆風」となったようである。

 

バイデン大統領の姿勢とジョンソン首相の米国接近努力以外にもう一つ、今回のG7でドイツ国内の話題に上ったのは、これがメルケル首相にとって15回目(!)にして最後の先進国首脳会談となったことである。ドイツのメディアは、メルケル氏がいかに多くの世界の首脳たちを「乗り越え」、「生き延びて」きたかについて報道した。元イタリア首相ベルルスコーニ氏、元フランス大統領のサルコジ氏など後に汚職疑惑にまみれる政治家たち、そして国際秩序を危うくさえした問題人物トランプ氏という面々が現れては去っていった中で、メルケル首相は変わらずどっしりと世界の中心に居続けてきた。メルケル首相自身が過去のG7で言ったと言われるせりふ―「私はとっくに、自分の希望をはっきり口にできるメンバーの一人になっていると思う」を、すでに世界のどの政治家も受け入れている、あるいは抵抗しながらも受け入れざるを得なくなっている。メルケル氏が「決して突飛なことを言わず(berechenbar)」、「非常識な振舞をせず(ohne Allüren)」、「信頼できる(verlässlich)」ことは、メルケル氏の政敵たちも認めてきたのだ。来年のG7にドイツ首脳として誰が出席するのかはまだ分からないが、メルケル氏がこれまでに築き上げてきた国際舞台における信頼を、損なうことなく継承できる人物が登場することを願っている。(「他の首脳たちからお別れのプレゼント、もらったんですか」とサミット最終日にジャーナリストに尋ねられたメルケル氏は、「いいえ、お別れの挨拶だけでプレゼントはありませんでした」と答えていた。) 

コメント

このブログの人気の投稿

大学生のための奨学金制度と教育の機会均等

(最後の挨拶)ドイツという国

右翼出版社の存在権利